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ナナシログ

ナナシロのナナシロによるナナシロのためのログ。

僕がLINEスタンプを使わない理由

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ナナシロです。

 

突然ですが、僕はLINEスタンプを使ったことがありません。

それどころか、ガラケー時代から絵文字も使ったことがありません。

 

TwitterやLINEでは、主述関係を明確にし、句読点まできちんとつけます。

まれに、文末に「~。笑」と打つことがありますが、これは誰かへの個人的な返信の中で、自身の生来の明るさを「笑」という一語に託して見せることで、「返信しているのは、あなたが知っているナナシロですよ」ということを伝えるために、最低限で使用しているだけです。

 

なぜ使わないのか

 一言で言うならば、自分の感覚や感情を言葉以外のもので代用して表現することを嫌っているからです。

 

たとえば、恋人とデートをしたとき。

彼女の一挙手一投足がかわいくてまぶしくて、並んで歩けば光が差し、笑い合えば花が咲くような一日を堪能し、その帰りの道中で、

 

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と、LINEスタンプを送ったらどうでしょうか。

 

スタンプをタップした瞬間、複雑で多様な僕の感情は、すべてこのスタンプで象徴されるイメージで代替されます。

いわば、「僕→スタンプ→恋人」という伝言ゲームをしていることになります。

 

僕は、このLINEスタンプという輩が、僕のそのときその瞬間に伝えたいことを過不足なく伝えてくれると思えないのです。

 

無能な介在者の所為で、自分のきわめて繊細な感情のニュアンスが誤って伝わってしまうほど不幸なことはないです。

 

それゆえに、僕はLINEスタンプを使いません。

そしてそのスタンスは、LINEというサービスがなくなるまできっと変わらないでしょう。

 

なぜLINEスタンプが生まれたのかを紐解く 

日本における非対面コミュニケーションの歴史は、古くは木簡の時代までさかのぼります。

 

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画像引用元:| 木簡総合コミュニティサイト | 木簡ひろば | b 女官の横顔 |

 

木簡から手紙の時代までは書きつけるものが変わっただけでしたが、大きな変化が訪れたのはコンピュータが開発され、World Wide Webが構築され、インターネットが世界中と繋がったときでした。

(電話も、非対面コミュニケーションにおける革命的な発明だと思いますが、音声のやりとりによって対面しているとも言えるので、今回は割愛します。)

 

インターネットが張り巡らされて使われるようになったのがメールです。

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しかし、インターネットが発展してメールが使われるようになったことだけが、LINEスタンプ誕生に繋がっているわけではありません。

 

メールの登場と併せて重要になってくるのが、携帯電話の登場です。

 

日本においてはフィーチャーフォン、すなわち、ガラパゴス携帯(ガラケー)が、独自に発展しました。

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日本中の多くの人(とりわけ若い人)が、ガラケーを持つようになると、パソコンのときと比べて、より親密な人間と日常的な非対面コミュニケーションがおこなわれるようになりました。

 

そのときに誕生したのが「絵文字」です。

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非対面コミュニケーションが絵文字へ至った段階で、実質LINEスタンプ登場の土壌ができあがったと言えると思います。

 

LINEスタンプが登場してから、我々のオンラインでのコミュニケーションの取り方は大きく変化してきました。

最早、「変化」という言葉では足りず、「革命」とも言えるものだと思います。

 

今さらっと触れてきた非対面コミュニケーションの歴史の中で、もっとも大きなターニングポイントになっているのがインターネットの登場だと思います。

 

インターネットが登場した後、我々のライフスタイルはそれまでと比べものにならないほどスピーディーになり、一日に浴びる情報量がそれまでの何倍にも増大しました。

日々のコミュニケーションにスピード感が求められるようになると、文字を書いて渡す、文字を打って送る、では、効率が悪すぎると我々は感じ始めます。

 

その上、ガラケースマホによって個人的なコミュニケーションが当たり前になると、厳密に正しい文法で文章を送る必要がなくなります。

それこそ、「あーそれな」「なー」のような極めて抽象的な表現で充分伝わるようになります。

 

ガラケーの登場で絵文字が生まれ、メールの文章量が少なくなった後、スマホの登場でさらなるスピード感を求められるようになります。

 

結果、もはや必然的に、LINEスタンプは生まれたのです。

 

スタンプによって失われたものと、僕の決意表明

最初に書いたように、僕はきっとこれからもLINEスタンプを使うことはないでしょう。

 

もちろんスタンプの利便性は充分理解しているつもりです。

スタンプが生まれたことが歴史的に必然であることも先に述べたとおりです。

 

ですが、それでも僕にとっては、LINEスタンプによって失われてしまった言語表現のニュアンス、思いの輪郭、感情の温度などが、黒々とした底無しの穴のように見えて寒心に堪えません。

 

ユーザの半数はページが2秒以内に表示されないとブラウザを閉じてしまう今、誰もがキャッチーなタイトルを付け、読みやすくコンパクトな文章量で情報を発信します。

 

僕はそのメインストリームに対するカウンターでいることを、ここに表明します。

 

今日4ヶ月ぶりにブログを再開したのも、僕がブログで発信していく上での明確な軸が見つかったからです。

 

最後に。

読者に何かを押し付けるつもりはありませんが、僕のブログの読み方について一つだけ注文をつけるとすれば、僕のブログを読む時間をきちんととって読んでください、ということです。

 

注文とは言いましたが、どちらかというと路傍の注意書きのようなものだと思っていただいて結構です。

きっと片手間では読めないはずなので、そうしていただくと良いですよ、というレベルの話です。

 

こんな臆面もない申し出を受けてもなお「読みたい」と思っていただける方は、夜眠る前などに、蜂蜜入りのミルクをレンジでチンして、一人ベッドで横になりながら読む小説のように、読んでいただくと良いと思います。

 

それでは、今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

はてなブログ始めました。

初めまして。ナナシロです。

 

ついにはてなブログ始めました。

 

ナナシロが思っていることを軽妙洒脱に書いていければと思っています。

 

どうぞよろしくお願いいたします。